「くっ、隼のせいで遅れてしまった」
デュエルディスク搭載のデジタル時計の数字を見て、ユートは焦りながら公園までの
道を急ぐ。
「瑠璃、待っていてくれているといいが」
今日は瑠璃と公園で待ち合わせしているのだ。
それも瑠璃の兄である隼に内緒で。
隼は大変なシスコンで、瑠璃が他の男と二人きりで会うなどとなると目をむいて怒る。
たとえ、親友であるユートといえどもいい顔はしない。
なので、瑠璃と二人きりで出かけられる時間は、とても貴重なのだ。
なのに、
『瑠璃の様子がおかしいんだ・・・』
出かける直前にかかってきた隼からの電話。
ディスプレイに表示された文字を一目見て嫌な予感がしたのだが、無視もできず
通話に出ると案の定その言葉から始まる妹を心配する言葉と最近冷たいとの愚痴の
エンドレンス。
適当に話を聞き流し相づちをうって、なだめなんとか電話を切った。
「瑠璃の後をつけようかとか言うから必死になって止めたが、まったく隼は、シスコン
が過ぎる」
それにしても後をつけるという言動はいくら妹が心配とは言え、尋常ではない。
「瑠璃は、隼が心配するほど柔な少女なんかじゃないんだぞ」
そう愚痴りながらユートは待ち合わせ場所に急いだ。
「ユートっ」
「瑠璃?」
少し時間を過ぎてしまったが、なんとか待ち合わせ場所に着くと突進するように
くっついてきた瑠璃にユートは驚いた。
「どうしたんだ?何かあったのか」
「・・・ううん、なんでもないの。さっ、早く行きましょ」
瑠璃はぎゅっとユートの腕に抱きついて、ぐいぐいとユートを引っ張って歩く。
「兄さんの電話は終わったの?」
「ああ、すまない。隼の電話は長くて」
瑠璃にはメールで少し遅れるとのメールをして置いたので、瑠璃は事情はわかってく
れているようだ。
「いいのよ。その代わり面白い人に出会ったから、許してあげる」
「面白い人?」
「うふふ・・・・」
それを思い出したのか笑う瑠璃を見て、ユートは胸の奥がちくんと痛んだ。
立ち話もなんだからと公園内のいつものベンチへと移動する。
その間中ずっと思い出し笑いをしている瑠璃に、ユートが気が気ではなかった。
「街角で榊先生みたいにエンタメデュエルをしている人がいてね、その人にデュエルを
申し込まれたの」
知らない人たちに注目されて恥ずかしかったけど、楽しかった~と瑠璃はニコニコ
した顔でしゃべり続けた。
「デッキも榊先生にそっくりで、もしかしてって聞いたら榊先生のお弟子さんだったの」
学園の外にもいるって聞いてたけど、まさか会えるなんてと、奇妙な縁の巡り合わせ
をニコニコしながら語る瑠璃の横顔をユートは見つめながらも、その話の内容をほとん
ど聞いていなかった。
(瑠璃は本当にエンタメが好きだな・・・)
瑠璃が、クローバー校へエンタメデュエルを教わりに行っていることは知っている。
ユートはなぜかエンタメが苦手であり、何度か瑠璃に誘われたがそのたびに断ってい
たので、今は瑠璃が誘うことはなくなった。
話のところどこを拾うと、その街角デュエリストは男なのだろう。
瑠璃があんなにニコニコしているなんて、きっと好みの男に違いない。
(隼みたいな奴なのかな?)
瑠璃は、兄のシスコンが過ぎることは嫌っているが、『デュエルが強い、かっこいい
お兄さんがいる』ということ自体は、自慢している。
瑠璃の兄の隼は容姿端麗、頭脳明晰で、スペード校一のイケメンとうたわれ女子生徒
のファンは多い(ただし、そのシスコンのせいで一部からは残念なイケメンと言われて
いるが)。
その隼を瑠璃は毎日見ているのだ。
当然男を見る目は肥えているはず。
対して自分はどうだろう。
背だってそんなに高くないし、顔だって人並みだ。
隼にだって、親友とは言え年上だし、あまり強く言えないこともある。瑠璃のことに
関してはとくにだ。さっきだって、急いでいるのに隼に強く言えず結局遅刻してしまっ
て、瑠璃に迷惑をかけてしまった。
(やっぱり俺じゃ、瑠璃には似合わない)
瑠璃はどんな人が好きなのだろう。
他校のエンタメデュエル教室に通うくらいだ。
やっぱりエンタメデュエルが出来るような奴がいいのだろう。
となると、性格も明るくて楽しい奴が言いに決まっている。
(俺、エンタメできないし、そもそも性格も暗いしな)
そんな自分に、瑠璃が他の人より親しくしてくれるのは兄の親友だからだ。
(俺、なんでここにいるんだろう?)
せっかく瑠璃と二人きりでいるのに、心がどんどんしぼんでいく。
「あっ、でもあの時はちょっと焦っちゃったかな」
突然声色を替えた瑠璃に、ユートは「え?」という顔をする。
「その人のモンスターにね、私、空中につりあげられたの」
「え!?」
「突然だったからほんと驚いて、スカートがめくれやしないかヒヤヒヤしちゃった」
えへっと小悪魔っぽく舌を出す瑠璃にユートは激怒した。
「何を笑ってるんだ、瑠璃!!」
声を荒げるユートに瑠璃は目を見開く。
「そのとき、下には人もいたんだろう。スカートの中を見られたりしたらどうするんだ!!」
「ちょっと、ユート、声おっきい」
瑠璃は恥ずかしそうな顔でしーっと唇に指を当てたので、ユートは少し静まる。
「大丈夫よ、きっと誰も見てないわ。みんな気にしてなかったし」
と、瑠璃は言うが、
「見てないふりをしていただけかもしれないだろう。もっと危機感を持たないとだめだ」
ああ、くそっとユートは、ぐしゃしゃぐしゃと髪をかきむしる。
「隼が君をどうして心配しているのか理解したよ。君は人を信じすぎている。人をいい
人だと思うことは君の美点だ。だが、人にはいい人の顔をした悪い奴らもいるんだ」
ユートは真剣な顔で瑠璃に向き合った。
「君は、もう少し自覚を持った方がいい。君は我が校の三大美少女の一人にあげられて
いることを知っているか?」
「し、しらない。そうなの?」
「俺はそのことを知ってすぐに納得したよ。君はきれいだ。星が輝く夜空のような艶や
かな黒髪、大きくくっきりとして、意志の強さを宿した瞳。天使のような微笑み、しな
やかな強さと優しさ。君のような人はいない」
「ゆ、ユート・・・////」
突然のロマンチック全開のクサイ台詞に瑠璃は顔を赤くする。
「瑠璃、君はとても魅力的だ。君に惹かれる男は多い、中にはよこしまな欲望を抱く男
もいるだろう。そんな奴があの下にいた人間の中にいて、後で襲われたらどうする」
「そ、そんな・・・」
「なぁ、瑠璃」
驚く瑠璃の肩にユートを手を置いて真剣な眼差しで、諭すような声で聞いた。
「瑠璃、君が自分のデュエルを模索する中でエンタメデュエルを学んでいることはわ
かっている。そのエンタメデュエルは「デュエルで笑顔を」がスローガンだったな」
「そうよ」
「では、聞こう。君は、スカートをはいているのに皆の前で空中につり上げられた。
そんなことをした奴とのエンタメデュエルは本当に楽しかったか?」
「・・・・・・・・・・」
ユートの言葉に瑠璃はうつむく。
「俺は、そいつがエンタメデュエリストとは思えない。そもそも女性に破廉恥なまねを
するやつが、デュエリストを名乗ること自体に嫌悪する」
ユートは瑠璃の手を取るとしっかりと握りしめた。
「もし今度奴と会ったら絶対に近づくな。されそうになったら逃げるんだ。もしされた
ら怒っていい。君がされたことは犯罪だ。怒った君は絶対に間違っていない」
「・・・・・・・うん」
瑠璃がぽつりとつぶやいた。
「本当はね、嫌だった。地面に降ろされたときすぐに言いたかったけど、突然のことで
私自身びっくりしちゃったし、あの人、皆の前で私に跪いてお姫様に対するみたいに
デュエルを申し込んだのよ。離れたいと思ったけど、みんなエンタメデュエルで盛り上
がってニコニコして私たちのこと見てるし、囲まれているからすぐに離れられなくて・・・」
「・・・・そうか」
ユートは瑠璃の手を下ろすと、「ごめん」といった。
「俺が遅刻さえしなければ、君にこんなつらい思いは」
「ううん、私が弱かったから。言える勇気がなかった私が悪いの」
「何を言うんだ。君はなにも悪くない」
「ありがとうユート。せめてデュエルで勝って気持ちを晴らしたかったけど、
負けちゃって・・・・」
それから二人は無言になり、並んでベンチに座っていた。
なんだか時が止まっているようで、まとわりつく空気が重く、時より吹き付ける風が
二人に外にいることを教えた。
ふいに瑠璃がユートの肩にしなだれかかる。
「あのね、今日のこと兄さんには内緒にしてくれる?」
「ああ。もちろんだ」
隼に知られれば激怒し、相手を殴り飛ばしに行くだろうが、その前に瑠璃のことを警
戒心がないとさんざん責めるだろう。心が弱っている瑠璃にそれは耐えがたい。
自信をさらに失い、心を閉ざしてしまうかもしれないし、飛び出して、身に危険が及
ぶかもしれない。
「瑠璃、俺はなにがあっても君の味方だ。もし隼になにかの拍子でバレて叱られたら、
俺のせいだと言えばいい。俺からも隼に抗議するよ。それで隼に殴られてもかまわない」
もう隼に対する恐れはなかった。
これが原因で、友情がなくなってもかまわなかった。
この街で見つけた何よりも大切な小夜啼鳥の幸せのためなら、それぐらいどうだって
よかった。
「ねぇ、ユート」
「うん?」
「どうして、そんなに私のこと思ってくれるの?」
「・・・・俺は、君の笑顔が好きなんだ」
ユートは瑠璃の手をそっと握った。
「初めて会ったとき、その笑顔に魅せられた。瑠璃がいつでも笑っていることが、単な
る笑顔じゃなくて、心から笑ってくれることが俺の望みだ」
どうしてこんなことが言えるんだろう。
不思議なくらい素直になれた。
「笑顔だけ?」
本当にそうなのと瑠璃が微笑む。
「それ・・・だけではないが・・・・」
せっかく素直になれたのに、照れが戻ってきてしまう。
「俺は、君がとても大切なんだ」
それだけしか言えない。
でも瑠璃は怒らず、フフ・・・と微笑み続けた。
瑠璃の触れている箇所が温かくて、繋いだ手から流れてくる気持ちで心が穏やかにな
る。
「ねぇ、ユート。なんだかお腹すいちゃった」
ふいに瑠璃は口にした。
「ん?そうか。じゃあ何か食べに行こうか」
ユートは優しい声を返す。
「何がいいかな?瑠璃がサヤカと一緒に行って美味しかったからまた食べに行きたいっ
て言っていたクレープ屋か。雑誌で見てこのパフェが美味しそうって言ってたカフェか。
フェアのグッズが欲しいって言ってたカレー屋でもいいぞ。なんなら全部でもいい」
「いいの?」
「ああ。もう今日はとことん瑠璃の気が済むまで付き合うよ。カフェもカードショップ」
でもどこへでも。夜遅くなっても構わないさ。一緒に隼に怒られるよ」
「ありがとう、ユート。大好き」
瑠璃はうれしそうな顔でさらにユートに抱きついた。
「じゃあ、まずはクレープ屋で軽く腹ごしらえね。そのあとカードショップとこの間
かわいい雑貨屋を見つけたらそこに行きたいの。あとねペットショップも覗きたい」
「わかった、じゃあ行こうか」
「うん、レッツゴー!!」
二人は立ち上がると、瑠璃が率先してユートの手を引いた。
*********
言葉通り、瑠璃は行きたかったお店を巡りユートは文句を言わずそれに付き合った。
「ユート、今日はほんとうにありがとう♪」
カードショップの袋を持って瑠璃はるんるん気分を夕暮れの道を歩く。
「クレープもカレーも美味しかったし」
「たしかに。あのクレープ屋ボリュームがありながらも甘さも丁度良くて、カレー屋は
辛さとスパイシーさがなかなか」
「でしょ~~、それにレアカードも手に入るなんてラッキー」
「ほんとにな。しかもLLのほかに、RRも手に入れるとはな」
その運の良さを目の当たりにしたときは、ユートも目を丸くした。
「そのRRは隼に上げるといい。そうすれば隼も興味がそっちに行って何も言わなくな
るだろう」
「うん」
隼への恐怖をみじんも感じさせずニコニコする瑠璃に、ユートはほっとする。
「瑠璃、気持ちは晴れたようだな」
「え?あ・・・・・うん」
急にテンションを下げた瑠璃に、ユートはしまったという顔になる。
(バカ、何を言ってるんだ俺は。心の傷はちょっとやそっとでは治らないんだぞ)
せっかく元気になっていた瑠璃になんてことをと心の中で自分を責めた。
「瑠璃、すまない。気持ちを考えず・・・・」
「あっ、ううん。ユートは気にしないで。ユートはすっごくよくしてくれたもの。
後は私の問題だから。大丈夫。絶対元気になってみせるから」
そう言ってくれる瑠璃だが、それがユートには無理して言っているように聞こえて
余計に気にしてしまう。
「もう、そんな顔しないで」
瑠璃がきゅっとユートの手を握ってくる。
「本当に大丈夫だから。ありがとうユート。こんなに私のこと心配してくれて」
「当たり前だ。君は、俺の大切な人なんだ」
と言ってしまってユートはさらに顔を赤くする。
「うれしい」
瑠璃は言った。
「ユートは私が悪いって言わなかった。私を責めなかった。ただ話を聞いて寄り添って
くれた。優しくしてくれた」
「瑠璃・・・・」
「うん・・・・・いいわ。ユートならかまわない」
なにが?と言う顔をするユートの耳元で、瑠璃は囁いた。
「ユートなら私のパンツ、見せていいよ」
あとがき
作中にでてくる原作のあのシーンは、けしからんと思いますが、この作品シリーズは、確か
ミニスカートでも風で揺れない不思議仕様なんですよね。
AVみたいなタイトル10のお題 6. 全部教えてあげる