この思いを抱いたことを後悔しないように・・・・。
そうしようと決めて、どうしてクラウス大尉のことを好きになったのか振り返って
た。
ある日、突然その人は僕の前に現れた。
ルッケンヴァルデから帰ってこられたタキ様が連れてこられたサクソン人。
引き締まった体格と剛強そうな肢体。
陽の光の色と同じ色をした金髪。
何より印象的だったのが、その闇夜に光る金色の目。
きれい、だった。
あんな瞳を見たことがなかった。
エウロテにもあんな瞳の色をした人はいなかった。
とてもとてもきれいで、見るモノを強く惹きつける。
普段の大尉は態度がでかく、遠慮というモノがなくて、何者も恐れてはいないとい
うようだった。
自分と同じものはいないという環境は、少なからず恐怖を感じるモノだけれど、ク
ラウス大尉は全くそういうのを感じているようには見えず、投げつけられる侮辱も屈
辱もどこ吹く風と言ったようだった。
それは、半分エウロテの血を引き、エウロテ人の容貌を持つ僕には、ひどく惹かれ
る光景だった。
この国とエウロテが同盟を結んで四半世紀。
エウロテ人との混血は以前より増えた。
それでも、この国は異国人との交わりをよしとしない風潮は強く、特に上流階級ほ
どその傾向は強い。
僕はそんな中で、タキ様が将来エウロテ人と交流するのに抵抗感を抱かないように
と傳子に選ばれた。
タキ様、モリヤやダテは、普通に付き合ってくれた。けれど、周りの大人たちの言
葉や交流の幅が広がるにつれ、自分が他の人たちと違うことに気づく。それと同時に
耳に入ってくるのだ。
『混血の子』
『なぜあんな子がタキ様の傳子に・・・』
『あいつ俺たちと違う』
『エウロテ人みたいだ』
『俺たちの国の人間じゃない』
一度聞いてしまったら、耳を塞いでもそれを防ぐことはできない。
ほとんどの大人はそれを直接口にしなかったし、口にする他の子からはダテやモリ
ヤがずいぶん庇ってくれたが、それでも心に傷口はでき、それは少しずつ大きくなっ
ていった。
容姿がエウロテ人なのに、体格が貧相なのがまたそれに拍車をかけた。
成長して、容姿にとやかく言う者がいなくなってもその傷は消えなかった。
そんな中現れたクラウス大尉の存在は強烈だった。
そしてその存在を心に刻み込んだのが、列車突入戦だ。
初めてクラウス大尉の戦いぶりを間近で見て、ああ、この人は僕と違うと思った。
軍人としての知識の豊富さ、体力・戦闘能力の高さ。どれほどの重傷を負っても生
還する生命力の強さ。
何もかも自分にはないもの。
(ああ、だから、惹かれたのか・・・・)
人は自分にないものを補うように、自分に持っていない者を持つ者に惹かれる。
クラウス大尉は、その最たる人物だ。
そして、かけられた優しさが、それを決定づける。
「・・・・・・・そうか」
そこまで思い帰ってアズサは気づく。
なぜ、こんなにもクラウスのことが好きなのか。
なぜ、こんなにも惹かれるのか。
それは、きっと憧れに似ていたのかもしれない。
でも、とアズサは思う。
そうであったとしても、この好きという思いは嘘じゃない。
好き、好きだ、どうしようもなく。
この思いには、「好き」という言葉以外の名前が思いつかない。
「ちゃんと伝えよう」
この言葉を口にしよう。
なぜそうしようと思ったのか正直自分でもよく分からないが。口にしないといけな
いと思った。
否、口にしたいと思った。
クラウスは言った。自分はどうしたいのか、後悔しないようにしろと。
自分はどうしたいのか。この想いを告げたいと思った。
後悔はしないか。
「しないよ。絶対に」
白い紙にクラウスにもらった万年筆で、告白の言葉をしたためながらアズサはつぶ
やいた。
告白は、手紙じゃなくて、言葉で伝えようと決めた。
いろいろ言葉を考えたけれど、伝えたいのはいろいろ脚色された言葉じゃない。
ただ一言、『好きです』と、伝えたい。
でも、さすがに面と向かって言う勇気は無く、無線手らしく無線を通して伝えると
決めた。
この間教えてもらった、クラウスの部屋にある無線を通して伝えることにした。
その日の昼間、アズサはクラウスと話し、今夜は部屋にいることを確かめた。
お礼のワインを持って行った日に呼び出しを受けて以来、クラウスは急な呼び出し
を受けることが増えた。
なら呼び出しの音に紛れ込めるかもしれないと、今夜の決行を決めた。
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見事な弓の形をした三日月が浮かぶ夜だった。
人々が寝静まる頃に、アズサは震える手で無線機の送信スイッチを押した。
同じ頃、クラウスの部屋の中でゆらりとうごめく人影があった。
夜だというのに部屋に明かりすらつけず、月の光も弱く真っ暗な部屋の中で、その
人影は立っていた。
そのとき、部屋の隅に置かれていた無線機の呼び出し音が鳴り、受信ランプが点滅
する。
人影はゆらりと動き、その受信機のヘッドホンに手をかけた。
『あの、クラウス大尉』
『あなたが好きです』
『あなたがタキ様の騎士であっても、僕はあなたが好きです』
そう言って、アズサは急いで送信スイッチを切った。
全身から力が抜け落ちたように、そのままベッドに寝そべる。
「・・・・・いっちゃった」
ほぼ勢いだった。
自分が誰であることさえ告げずに、ただ思いの丈を告白した。
後悔はない。
やり遂げた充足感と疲労感だけが、アズサの身体を支配していた。