「すまなかった」
モリヤは部屋に入るなり単刀直入に謝罪の言葉を口にし、頭を下げた。
「俺の無配慮だった。本当にすまない」
「いいよ、モリヤ。もう気にしないで」
こうも真剣に謝られたらもう許すしかない。モリヤは昔からこういうところで真摯
だった。
「僕の方こそごめんね。最近みんなと話すことなかったしさ。今度一緒に飲もうか?
僕おごるよ。ダテにもそう言っといて」
そう言って笑うアズサにモリヤが言った。
「なぁ、お前好きな人ってヴォルフシュタット大尉のことなのか?」
「・・・・・・・・・・・え?」
アズサは一瞬自分の耳がおかしくなったのかと思った。
「なに・・・・言って・・・」
「そうなのか?」
「な、なに言ってんだよ。そんなわけないだろう!」
アズサはムキになって否定した。
「そんなことあるわけがないじゃないか。クラウス大尉はタキ様の騎士なんだぞ。
タキ様のモノだ。それを・・・そんな・・・・・」
自分で言っておいて、胸の奥が痛くなる。
なぜ、自分はこんなにも痛がっているのだろう。
なぜ、自分はこんなにも傷ついているのだろう。
分かっていたはずじゃないか、
それでもいいと思っていたはずじゃないか。
叶わぬ恋だと分かっていても、それでも好きなんじゃないか。
「違う、違うよ・・・」
アズサは必死に否定した。そのたびに胸の奥の傷口からぼたぼたと血がしたたり
落ちていたか、それでも否定しなくてはいけなかった。
「そうか・・・」
モリヤはそれ以上は言わなかった。
「すまなかった。やはり俺は無遠慮だった」
「そうだよ。なんでこんな・・・」
「お前が好きだから」
「・・・・・・・・・え?」
アズサは目を見開いた。
「お前が好きだから。好きなヤツのことは気になって当然だろう」
そういったモリヤの眼差しは真剣そのもので、
(怖い・・・)
アズサは、一歩後ろに身体を引いた。
怖い、怖い。この目が怖い。
(こんなのモリヤじゃない)
「アズサ・・・・」
モリヤが一歩身体を前に踏み出す。
アズサはびくりと震えた。
「好きだ・・・」
モリヤの日本の上でがアズサの肩を掴み、顔がアズサの顔に向かって迫ってくる・・・・。
「いやだっ」
アズサは、ドンッ!!と力の限りモリヤの身体を突き飛ばした。
「アズサ・・・」
モリヤは驚いたように目を見開く。
「嫌だ。ダメ。そんな・・・」
アズサは腕で顔をカードするようにしてモリヤを拒んだ。
「嫌だ、嫌・・・」
目からぽろぽろと涙を流し、子供がわめくように嫌だと言うアズサに、モリヤは
傷ついた目をして、そして、分かったと告げた。
モリヤはくるりと後ろを向いて、ドアの方へ歩く。
出て行く間際、モリヤが告げた。
「驚かせて・・・・すまなかった」
パタンとドアが閉められた瞬間、アズサはその場に泣き崩れた。
今日は本を読むのを早めに切り上げ、ベットに入り、うとうとして眠りに入る直前
だったクラウスは、激しくドアを叩く音にたたき起こされ。不機嫌丸出しで、ドアを
開けに行った。
「うるせーぞ。誰だこんな時間に」
ウエムラかと思って開けたそこには、
「・・・・アズサ?」
「大尉・・・・」
そこにいたのはアズサで、目からぼろぼろ涙を流しながら助けを求めていた。
「ちょっと、お前どうした?」
とにかく中入れとクラウスはアズサの肩を抱いて、部屋の中に招き入れた。
「友達だと思ってたヤツにいきなり告白されたぁ?」
ひっくうっくと泣きながら先ほどの出来事を話したアズサに、クラウスは、
はぁ~とため息をつく。
「そりゃ、びっくりしただろうけどさぁ、そんなに泣かなくてもいいだろうが・・・・」
「だ、だって、だって・・・・」
しゃくりをあげながらアズサは告白する。
「ずっと、ずっと。仲間だと思ってたんですよ。そりゃずっと一緒にいようねとは
子供の頃から誓い合ってましたけど、でも、そんな意味じゃ・・・」
クラウスはそこまで聞いて、アズサに告白したヤツのだいたいの見当がつき、
あ~~~という顔になる。
(なるほど、そりゃ驚くわな・・・)
あの二人のうち小さい方は、意外にそういうのに縁がなさそうだし、おそらくノッ
ポの方だろう。
ああいう普段無口だったり無表情だったりする人間は、実は心の中でとんでもない
考えや思いを抱いているということが少なくない。世間がびっくりするようなことを
しでかすのも、そういう種類の人間が実は一番の多く、その根は深い。
「まさか、そんな風に見られてるなんて思ってもみなくて。僕、もう明日からどうい
う顔したらいいか・・・」
さめざめと泣くアズサに、クラウスはうんうんとうなずきつつ「向こうもそう思っ
てるだろうな」とノッポに同情した。決まりが悪いは向こうも同じだ。勢いとは言え、
せっかく告白したのに振られたあげくに職場は同じ。しかも狭い車内で一緒にいて
戦わなければならないのだ。
(この戦況下に、なんてこった)
おそらく車内で流れるだろう気まずい空気に、事情を知らない他人がさらに気まず
い思いをするだけだ。
二人が乗るのは指揮車(ムラクモ)だ。
その車内でそんな空気が流れたら、外聞がよくない事情で戦況を落としかねない。
となるとその指揮者に乗る主(タキ)の名誉にかかってくる。
あの誇り高い主が、そんな理由で指揮を落としましたと噂が流れでもしたらどうな
るか。
考えるだけで頭が痛いし、そもそも想像すらしたくもない。
早急に解決する必要があるが、たぶん、こういうことの解決は他のメンバーでは無
理だろう。タキは論外だし、ダテもかき回すか悪化させるかどちらかだろうし、スグ
リもちょっと・・・・。
(俺が一肌脱ぐしかねぇなぁ)
主の誇りを守るのが騎士の務めだ。
やれやれと、クラウスは腹を据えてアズサに向き合う。
「で、おまえはどうしたいんだ?」
クラウスの真剣な眼差しと声にアズサは、ぴたりと泣くのをやめる。
「どうって・・・・?」
「こういうのはな、相手がどうのこうのっつうより、自分がどうしたいかなんだよ」
なぁ、アズサとクラウスは念を押すように言う。
「お前、そいつの告白を拒絶したんだろ?」
「・・・・・はい」
「そいつの思いを受け止めることはできねぇんだろ?」
「はい・・・・」
アズサはぎゅっと手を膝の上で握りしめる。
「だめ・・・なんです。確かに、僕は彼のことが嫌いじゃありません。でも、そうい
うのじゃないんです。そういう風には見れない」
「なら、話は早ぇ」
クラウスはしれっと言った。
「受け入れることはできないけど、仲間としては受け入れる。難しけど、そういう態
度で接していくしかねぇな」
アズサは困惑した顔でクラウスを見た。
「そんなのでいいんでしょうか?」
「いいもなにも、こうするしかねぇだろ」
いいかとクラウスは語尾に力を込める。
「お前はな、ただの兵じゃねぇんだ。タキの載るムラクモの乗務員(メンバー)の一
人だ。そういう私情を持ち込んでみろ、すぐに他のメンバーに伝染して戦えなくなる
んだよ。タキが戦えなくなるだろーが!」
「・・・・!」
「一番いいのは離れることだけどな。今となっては難しいし、理由を正直に言える
か?」
「・・・・いえません」
「なら、覚悟を決めろ」
クラウスは、アズサの顎を掴んでぐいっと上に上げて告げる。
「自分で決めろ。何をしたいのか、どうしたいのか。自分のことは自分で決めるしか
ねぇんだ。アズサ、お前はどうしたい?」
金色の目がアズサに決断を迫る。
「・・・・・・・・・」
もう一度、ハルキの声が聞こえてきた。
『アズサ少尉は、クラウス様のこと好きですか?』
モリヤの声も聞こえてきた。
『なぁ、お前好きな人ってヴォルフシュタット大尉のことなのか?』
(・・・・うん)
そうだよ。
好き、好きなんだ。
報われなくても、叶わなくても。
今はまだ、誰よりもクラウス(かれ)のことが好き。
好き・・・・。
「ちゃんと自分の気持ち、告白します」
アズサは小さな声で、でもはっきりと言った。
短い付き合いでクラウスは知った。
アズサは一度言ったことはやり遂げる男だと。
「そうか・・・」
「はい・・・」
ご迷惑をおかけしました。とアズサは言った。
部屋に帰るというアズサを引き留め、またベットを貸してやった。
泣き疲れたのか、アズサは横になるとすぐに夢の中に落ちた。
(どんな夢見てやがるんだ・・・)
眠るアズサの傍らで椅子に座って寝顔を眺めていたクラウスは、ふと、以前にもこ
んなことがあったような気がした。
(いつだったっけ。・・・・・ああ、そうか。寮で)
ルッケンヴァルデの部屋で、倒れたタキを看病しているときだった。ベットサイド
に座り、もう熱が引いて安らかに眠るタキの寝顔を眺めながら一晩を過ごした。
そして、考えてみる、どうしてタキ以外には関心が無いと思っていた自分が、こん
なにもアズサに思い入れるのか・・・。
(ああ・・・そうか、・・・・・・似てるんだ)
タキに。ルッケンヴァルデにて休日になるとよく連れ出していたあのころの
『タキ・レイゼン』に。
小難しい学問から離れ、ついて行くのに大変な実技から離れ、口を開けば侮蔑と屈
辱の言葉しか出てこない学生から離れ、領主としての役目からも離れ、宸華の者とし
て見る民の目からも離れ、ただの「タキ」でいられるひととき。
素直で、愛らしく、それでも薔薇の誇り高さを兼ね備えていた青年。
今は、もう二度と見ることのできない・・・。
「同情するぜ・・・」
クラウスはぼそりとつぶやく。
思いを寄せる者に受け入れられないけれど、仲間でいて欲しいと言われる気持ち。
この矛盾する残酷な思いに、あいつはしばらく苦しめられるだろう。
突き放してくれたらいいと思う。
切り捨てて、捨て去ってくれたらいいと思う。
しかし、思い人の何という残酷さか。
そして、自分たちは、その甘さから逃れることもできない。
「でもな、結局は自分次第なんだよ」
自分がどうしたいかさえ考え、決め、覚悟さえしてしまえば、後にはただ甘い蜜だ
けが残るのだ。
「俺はもう、それさえあればいい」
あの声が、自分を呼んでさえくれればそれでもう・・・。
「モリヤ、お前はまだマシだよ」
アズサは、本心を語ると約束したのだから。
けっして本心を語ってくれない思い人を思い浮かべ、クラウスが自嘲気味に笑った。
翌日早朝、目を覚ましたアズサは、クラウスに何度も何度もお礼を言ってそこを出
て、モリヤを探しに行った。
自室でもう起きていたモリヤをアズサは人気の無いところまで、連れだし、己の本
心を告げた。
「昨日は取り乱して、ごめん」
「アズサ・・・・。もういいんだ」
「モリヤ、僕は君のこと仲間だと思ってる」
きっ、とアズサはモリヤの顔を見据えていった。
「君と僕と、ダテの3人でずっとタキ様もことを守っていきたい」
「アズサ・・・・」
モリヤは問いかけた。
「ずっと3人でか」
「うん」
「俺たちはずっと仲間か」
「そうだよ」
「これからもか」
「これまでも、そしてこれからも。ずっとそうだ。」
「・・・・・・・そうか」
分かったとモリヤは力の無い顔で答えた。
「これからもよろしくたのむ」
「こちらこそ」
二人は固い握手を交わした。