クラウスが好きすぎて、挙動不審になるアズサ。
そんななか、ちょっとした事件が起こって。
百日の薔薇 アズサ→クラウス
数年前に書いた話をアップしました。
檸檬(レモン) 愛に忠実・心からの思慕・熱意・誠実な愛
恋ってすごい
好きって不思議だ。
その人のことを想うだけで、その姿を見るだけで、傍にいるだけで、話しかけられ
るだけで、とてもとても幸せになれる。
それが例え叶わぬものだとしても。
朝日が昇り始めたばかりのまだ夜の冷たさが入り交じる中をアズサは一人歩き、
自分の部屋へと向かっていた。
夜勤や早朝からの仕事をするの者、早朝訓練をする者以外はまだ皆寝ている時間の
せいか、この士官居住棟には人の気配は無い。
アズサは、はぁと息を吐いた。まだ寒い春の朝に吐く息は白い。でもアズサの吐く
息はほんのりバラ色に染まっていた。
(びっくりした・・・)
目を開けたら知らない部屋で寝ていた。
慌てて飛び起き周囲を見回したら、クラウスがテーブルにうつ伏しで寝ていた。
少しだけ寝るつもりがうっかり朝までそのまま寝ていたらしい。
さすがに男二人が並んで寝るには狭すぎたのか、クラウスはアズサにベットを貸し
たままにしたようだ。
だいぶ暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は寒い。
アズサは慌てて起き上がり、毛布をクラウスの肩にかけてやる。
あのベットはクラウスのものなのに、追い出しも蹴落としたりもせずに、自分はそ
のまま・・・。
思わず胸が感動できゅうんとしてしまう。
(大尉・・・)
どきどきしたままクラウスを見てみると、クラウスはよく寝ていた。
耳を真下にして横顔がきれいに出ている。 触れても気づかないだろうか。アズサ
は、ドキドキしたまま無意識に、そう無意識にそっとクラウスの頬に顔を近づける。
唇が触れたか触れないかのところでクラウスがうん・・・と身じろぎ、アズサは慌
てて飛び退いた。
そのまま唇を手で押さえ、ありがとうございましたと一言言ってアズサはクラウス
の部屋を飛び出した。
アズサはもう一度唇に手を当てる。
あの時は分からなかったけれど、たぶん当たっていたと思う。
かすかに唇に残る感触に頬が熱くなる。
自分があんな大胆なことができるとは思わなかった。
小さい頃から3人組のなだめ役とかやられ役みたいなキャラで、ダテなどには、
「アズサは一人じゃナンもできねぇな」とよくからかわれらものだ。
その自分が、恋をしただけで。
「クラウス・・・・」
名前と共にはき出されると息はほんのりとバラ色で、甘く切なかった。
近頃症状は加速気味。少しでも気を抜いていると・・・、
「はぁ~」
報告書を書いていたアズサは、手を止めて上の空ため息をついた。
「なんだよアズサ。またため息か~?」
同じく報告書を書いていて、提出前にモリヤに添削を受けていたダテが問いかける。
「最近多いよなお前。どうしたんだ?」
「・・・・・なんでもない」
ぷいっとそっぽを向くアズサにダテはムカッとする。
ダテの中のアズサは、少々頑固なところはあるが、基本的に素直で、お人好しで、
正直で、だまされやすくて、隠し事ができないヤツというものだった。
それが近頃、頑固さが強固になってきて、隠し事するようになった。いつも自分の
後をくっついてきたのに、最近では単独行動やクラウスと一緒にいることが多い。
なんだか、アズサがアズサでなくなってきたような気がして、戸惑いがダテの中で
苛立ちとなって現れ始めていた。
「お前なぁ~、人がせっかく心配してやってるってぇのに」
「しなくていい。そういうんじゃないから」
「ってめ」
カチンときたダテがアズサに絡もうとしたとき、モリヤがぼそりと言った。
「誰か好きな人でもできたか」
その言葉にダテがはぁ?という顔をして、アズサがポンと耳まで赤く染まる。
「そうか。・・・・うぶだな」
「ええ?マジで!?」
うっそぉ~とと口走ったダテは途端に、この手に耳ざとい男子学生に変貌する。
「へぇ、お前がねぇ。俺らの中ではいっちゃんそういうの苦手だったくせに」
ダテはにや~と薄笑いを浮かべて、アズサに絡みつく
「おいおい、白状しろよ、アズサァ。誰だよ、誰が好きなんだよ」
「い、いないよ、そんな人」
アズサは向きになって否定するが、顔は赤くなったままだ。
(これはいるな)と二人は判断し、ダテはさらに絡みまくる。
「うそつけ。こーんなに顔赤くしやがって」
「してはい。離せよっ」
「またまぁ、いるんだろ?教えろよ?」
「嫌だ。離せっ」
アズサは思いっきり上半身を振り切り、ダテはその弾みで後方に飛ばされ、床の上
に尻餅をつく。
「いってぇ」
「~~~~~~~」
アズサは顔を赤くしたまま、がたんと音を立てて立ち上がる。
「アズサ、報告書は?」
「ごめん。後で書く」
そう言って部屋から出ようとしたとき、ドアを開けたところで誰かとぶつかった。「あっ」
「とっ。なんだ、アズサか」
あっと思って顔を見上げるとぶつかったのはクラウスだった。
「危ねぇな。気をつけろよ」
「ご、ごめんなさい!!!」
廊下中に響き渡るような声でアズサは叫び、だだだーっと向こうの方へ走り去って
しまった。
「ちょっ、何だよ、その大声・・・・」
ぶつかられ、ちょっと注意しただけなのに大声を出され、クラウスはえ~???と
した表情でその場に立ち尽くしていた。
どこをどう走ってきたのか分からないが、とりあえず自分の部屋に逃げ込んだアズ
サは、机にうっぷつして悶々と自己嫌悪に襲われていた。
(バレた、バレた、バレた、バレた・・・・)
(いや、でも、好きな人がいるってだけだし)
(クラウス大尉のことが好きだってバレたわけじゃないし・・・・)
(ああ、でもしばらくからかいのネタになるし・・・・)
(はずみで、いっちゃったらどうしよう)
ああああ~と、どろどろとした者黒いモノで、身体は重いし、頭と胃は痛い。
「・・・・・・・・・」
アズサは部屋から出る直前のことを思い出す。
(顔赤かったのバレれなかったかな・・・・)
もし、クラウスに部屋での会話を聞かれていたら・・・・・。
「最悪」
あ~あと顔を横に向けて、視界にあの万年筆が入る。
クラウスがくれた、今のアズサの宝物でありお守りだ。
無くさないよう常に持ち歩いており、ムラクモの中にもつれていく。タキを守る仲
間とか、この国のことを教える間柄とか、目に見えなくてふとした瞬間切れてしまう
ようなモノじゃないモノで、唯一自分とクラウスを繫ぐもの。
そのとき、ドアがこんこんとノックされた。
「アズサ、いるか?俺だモリヤだ」
アズサはすぐに返事を返さなかった。モリヤはまだドアをノックし続けている。
「昼間のこと謝りに来た。ドアを開けてくれないか?」
アズサは、ゆっくりと椅子から立ち上がり、ドアのかけた。
そこには、ダテはおらずモリヤだけが立っていた。