忍者ブログ

幻想庭園

いろいろ書き散らしてます。 なお、掲載している内容につきましては、原作者様その他関係者様には一切関係ありません

花を吐く(5-1)

クラウスへの思いをはっきりと自覚したアズサ。
しかしそれは決して明かすことはできない思いだった。

百日の薔薇 アズサ→クラウス  
数年前に書いた話をアップしました。
檸檬(レモン)        愛に忠実・心からの思慕・熱意・誠実な愛

 騎士とは、国を捨て、血族を捨て、ありとあらゆる権利を放棄して、ただ一人と決
めた主の所有物となる。

 その誓いを破ることは、決して許されない。

 それでも、とめられぬものがある。


 クラウスとアズサが軍に復帰した。
 親しい者を除きその反応は様々だが、足を踏み入れた理由が理由なため、受け入れ
ようとする動きが強い。
 アズサもあせらず、そのうち受け入れてくれればいいと、己の役目を果たすことに
心を傾けた。
 眼下全体に戦車やオートバイ、ジープが乱雑に並び、その隙間を縫うように、帰投
兵や衛生兵、補充の砲弾やガソリンを持った人々が縫うように走って行く。

 見慣れたはずの光景だった。
 それがほんの少し離れていただけで、こんなにも・・・・。

 ムラクモの乗降口のふたを開けたとたん、油のにおいが鼻についた。
 無線手席に着くと、座席がくるんと背中をくるんで、狭い戦車の中だというのにく
つろぎというものを感じた。
 不思議だ。この席を離れていたのは、ほんの数ヶ月のことなのに、匂いも、座り心
地もひどく懐かしくて、ああ、帰ってきたんだと・・・・・。
「どうだ、久しぶりのムラクモは?」
「タキ様」
 我に返り後に振り返り見上げると、いつの間にか乗り込んでいたタキが指揮席で微
笑んだいた。
「・・・・・なんだか、帰ってきたって感じがします。不思議ですね、ほんの数ヶ月
しか離れていなかったのに」


 そう、ムラクモの匂いもあの光景も、すべてはひどく懐かしかった。

 そして思った。

 ああ。帰ってきたんだ・・・・と。


「そうか・・・」
 タキが、にこっとする。
「なら、よい」
 そして、タキは言った。


「おかえり」


「タキ・・・様・・・・」
 胸の奥にジ・・・・・ンとしたものが広がる。
 言葉とは不思議だ。
 どんな状況になっても、その言葉だけですべてを払拭し、困難をもはねのける力を
持つ。

 ただ、変わったこともある。

 タキがくれた言葉に感動していると、ツーツーと無線からの応答が入った。
「はい。こちらムラクモ」
『アズサか?クラウスだ』
「あ・・・・・」
 一瞬のどの奥が詰まる。胸の奥がどきっと小さく高鳴った。
『おい?どうした?』
「し、失礼しました。クラウス大尉」
 何とか動揺を抑え、平静を装って返事を返す。
『しっかりしろよ。ここは戦場だぞ。俺たちは戻ってきたんだ』
「はい。すみません」
『タキに回してくれ』
「お待ちください」
 アズサは、ヘッドホンを外し、タキに「大尉からです」と言って渡す。
「クラウスか?」
 クラウスがタキと話している間、アズサは高鳴り続ける胸の音を沈めようと必死に
自分言い聞かせていた。 
(落ち着け、落ち着け。なんでもない。なんでもない・・・・)
 ぎゅっと両手を握りしめ、ぎゅっと目をつむる。
(声を聞いただけじゃないか。)
 これもまた聞き慣れた声のはずなのに。
 なのに、耳に触れただけで、こんなにも胸が熱く苦しい。
(しっかりしろアズサ。そんなんじゃ無線手は務まらないぞ)
「わかった。我が騎士。私のために戦え」
 通信を終えたタキがアズサにヘッドホンを返そうとすると、アズサはまだ唸ってい
た。
「アズサ少尉、どうした?」
「えっ?あ、はい。なんでもありません。大丈夫です」
「? そうか?」
 タキからヘッドホンを受け取り、アズサは小さく深呼吸して仕切り直し、無線から
入る声に耳を傾けた。


 アズサとクラウスにとっては久しぶりの前線だった。やはり離れていると感覚は
狂っているもので、なじむのには少し時間がかかる。
 それでも、逃げず、ひたむきに、己が今できることを果たそうとし、大切な者を守
ろうとする心が、戦場(いくさば)の空気が、二人に感覚を取り戻させる。
 二人の復帰第1戦は、ローゼンメイデンの勝利で終わった。


 基地に帰投して、ヘッドホンを外したとたん、ふぅと吐いた息と共にぐったりとし
た疲労感が襲ってくる。帰ってすぐの疲労感は、初めて出撃したとき以来だ。
 それほど緊張していたと言うことだろう。
 戦に出ていたのが、ひどく長かったように感じられた。
 すぐに席から動けず、その場でぐったりとしていると、なかなか出てこないのを
心配したのか、モリヤとダテが声をかけてきた。
「おーい、アズサ。いつまでいるんだ?早く出てこいよ」
「大丈夫か?動けないなら手を貸すが?」
「大丈夫、もう少し休めば動けるから」
 だから今はそっとしておいて欲しいと頼む。
 再び一人になって、その場で休んでいると、外からオートバイの音がした。とたん
に疲労感が消え、アズサはあっと身体を起こし、乗降口から身体を乗り出す。
「クラウス大尉」
 オートバイに乗ったその姿を確認してアズサはほっとした。
「ご無事だったんですね、よかった」
「おう、アズサ。まだ乗ってたのか?」
 クラウスはオートバイにまたがったままアズサを見上げて、にぃと笑う。
「今日はずいぶん遅かったですね。もうタキ様は行ってしまいましたよ」
「少し遠くにいたからな。遅くなっちまった」
 だいたいクラウスはタキより遅れて帰ってくるのだが、それでもタキの傍から離れ
たことはなかった。今日がずいぶん深くまで戦場に入り込んでいたと言うことだろう
か?
「久しぶりだからですか?」
「まぁな。おまえもそうだろう?」
「・・・・はい。でも、もう降ります」
 そう言って、アズサは降りようとして、うっかり足を滑らせてしまう。
「あっ」
 バランスを崩し、そのまま地面に落下しそうになったところで、誰かの腕の中に
落ちた。
「バッカ。お前しっかりしろよ。打ち所悪かったら死んでたぞ」
 目の前にひやりとした表情のクラウスがいた。
 どうやらクラウスが落ちかけたアズサを受け止めたらしい。
 アズサは、自分がクラウスに横抱きのようにされている状態だと言うことに気づき、
かぁーと顔を赤らめる。
「す、すみません」
「たく、列車のときといい、お前は落っこちてばかりだな」
 そう言いながら、クラウスはアズサを地面へと降ろす。しっかり立てよと言われそ
うしたいところだが、足と腰に力が入らない。うまく立てず、ふらつくアズサをクラ
ウスが支える。
「どうした?久しぶりの戦場で腰でも抜けたか?」
「そういうわけじゃ」
(むしろ、大尉に抱き上げられたことが・・・・)
 思い出して、再び頬を熱くさせる。
「しっかりしろよ。それじゃ俺の背中を守るどころか、タキを守ることさえできねぇぞ」
 その言葉に、アズサはえっ?とクラウスを見る。
「大尉。覚えててくださったんですか?」
「はぁ?お前が言ったんだろ?」
 忘れたのか?というクラウスにアズサはぷるぷると顔を横に振る。
 忘れるはずがない。確かに自分は言ったのだ。強くなると。クラウスの背中を守れ
るほどに強くなると。
「その様子だと、言葉だけで終わりそうだな」
 ため息混じりにつぶやいたクラウスに、アズサはむぅと向きになって言い返す。
「そんなことありません。ちゃんと強くなって見せます」
「なら、立ってみな」
「立ちますとも」
 アズサは再び足と腰に力を入れると今度は立つことができた。まだ、多少無理矢理
感はあるが、それでも動かすことはできる。  
「なんだ、できるじゃねぇか」
 にぃと笑ったクラウスに、アズサは当然ですと返して見せた。


 その様子を離れたところから、タキを含むムラクモの乗務員メンバーが見ていた。
「アズサのヤツ、いつの間にあんなに大尉と仲良くなったんだ?」
「何かあったのかもしれません」
 モリヤがめがねの鼻当てに手を当て、めがねのずれを直しながら言った。
「一緒にエウロテの列車に突入した二人ですから。何かしらの絆が芽生えても不思議
ではありません」
「そういやこの間一緒に街に行ったって言ってたっけ」
 ふーんとしながらもダテはどこかつまらなそうな顔をした。
 スグリは、あの二人よりもタキの方を注視していた。
 タキはじっと二人の方を見ていた。目を見開き、信じられないようなものを見てい
るような顔をして。
 タキの視線の先で、二人はまだ小競り合いをしていた。


「さぁ、行きますよ。みんなが待っていますから」
「ああ。っと、そうだアズサ。このあとちょっと付き合ってくれねぇか?」
「えっ?」
 どきりとするアズサにクラウスは、
「この前お前が選んでくれた本、全部読んじまったから、図書室から新しいのを借り
たい。本を選ぶの付き合ってくれ」
「へっ?あ、いえ、はい。分かりました、お付き合いします」
(何だ、本か・・・・)
 よかったような、びっくりしたと思う反面、なんかちょっと期待していた自分に気づいて、
うわぁ~とアズサは頭を抱えて、その場でしゃがみたくなった。



 クラウスのことが好きだと自覚して以来、アズサの調子は狂いっぱなしだ。
 普段は何とか平静を装っていられるのだが、クラウスに傍に寄られると途端にだめ
になる。
 胸はどきどき鳴りっぱなしだし、言動はヘンになるし、少しでも触れられようなも
のなら、すぐに顔が赤くなってしまう。
 幸いまだ誰にも知られていないようだが、こんな調子では時間の問題である。
 (・・・・・・・・どうしよう)
 この恋は、不毛な、いや、禁じられた恋心である。
 クラウスは、タキの騎士だ。
 騎士は、己の持てるすべての権利を放棄して、家族も国も捨てて、すべてを主に捧
げる者。
 そう、身も心もだ。
  その誓いを破ることは決して許されない。

 そして、その騎士を主から奪いとろうとすることもまた許されない。

 この恋は、決して他人(ひと)に知られてはいけなかった。

   恋する相手にも。
PR

コメント

カレンダー

05 2025/06 07
S M T W T F S
1 2 3 5 6 7
8 9 10 11 12 13
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

リンク

ブログ内検索